彼女は、一つの鉢植を買ってきました。 土の中にまだ種から芽の出ていない、何も無い、寂しげな鉢植でした。 彼女はそれを、彼切った植物たちの前に置いたのです。 その植物たちは、瑞々しさが全く無く、手を触れたのなら脆く音と共に崩れる、茶色い植物の遺体でした。 彼女が水をやらなかったためです。 彼女が、このようにしてしまったのです。 気落ちと言う、悪魔の様な気落ちと言う、彼女の中の彼女を超える何としようの無い意思が、祖っを押し止めてしまったのです。 それは一種の病でした。不思議に思うかもしれませんが、病と化した気落ちは、自分自身の体を自在に動かすことすら難しくなってしまうのです。 何より辛い事は、誰もその事を理解してくれない事です。 彼女は孤独になりました。 怠惰なわけでもなく、わざとでもなく、彼女は、その植物たちに水を与える事ができなかったのです。 悪口を言われる事も、励まされる事でさえ、彼女は追い詰められていきました。 より一層、植物が欲しがる水を与えられなくなっていったのです。 むしろ、彼女はある種の水を欲していました。 でも、いくら蛇口に口を吸い付かせても、満たされません。 変わらず孤独で、凄まじい気落ちによる苦痛を感じています。 ですから、この魔法の様な種が植えられた鉢を、最後の気力を振り絞るように買ってきたのです。 この、水が無くても育つと言う植物を。 考える気力さえも、気落ちのあまりに放棄しがちな彼女も、さすがに理解していました。 自分が欲しい水は、何らかの生命力だと言う事を。 本当は、誰か他の人と交わるのが良いのでしょう。 しかし、彼女は理解されえない病を持ち、孤独でしたので、植物の鉢植を買ったのです。 動物だと世話できる自信が無かったからです。 ですが、結果はこの通り、全ての植物を枯らしてしまいました。 彼女の最後の希望は、この一つの鉢植だけなのです。 夜、彼女は眠れません。 いつも、どんなに眠りたくても、布団に寝転んだとしても、眠れないのです。 毎夜、毛布にくるまり、その暖かさで心の寒さと戦っています。悪化し続ける気落ちの病は、睡眠も妨げます。 寒く、辛いのです。 でも、今日はあの鉢植を見ています。眠れないままだけれど、今日からは一応は誰かがいるのです。 まだ顔の見せない、あの種が土の中にいるのです。 水の無いもの同士、この部屋にいます。 それから幾日も、彼女はあの鉢植を見つめていました。 楽しみにしていました。 でも、そんな事を感じさせるやいなや、暗い気落ちが彼女を襲うのです。 彼女は、いつもそれに耐えていました。 いえ、踏まれたといった途方が正しいかもしれません。 あの制御できない気落ちが、彼女の弱った体にのしかかり、苦しめ始めるのです。 終いには、彼女の蚊r打に充満し始め、体の自由すらきかなくなるのです。 手を伸ばしました。 弱々しく震える手を伸ばしました。彼女にとって精一杯の力を腕に込めました。 あの、鉢に手を掛けました。 ゆっくりゆっくり、自分の元へ引きずっていきました。 唯一の友達を引き寄せました。 あまりに辛く、死んでしまいそうだったので、思わず引き寄せたのです。 すると少し安心しました。 まだ、見えない友達がここに植えられていると思うと、あの悪魔は少し遠のいたみたいです。 ふう、と溜め息をつくと、その後から口の外に何か出て行きました。 吐しゃしてしまったのです。 よりによってあの友達に向かって。 絶望と違う物が無い、いつもの様な暗い気持ちが戻ってきました。 もう、動く気力も、物を考える気力もありません。ただ、汚してしまったたった一人の友達を、見つめていました。 絶望が、真に沈んだ奈落への絶望が、彼女の心から現れ始めていました。 夜中、無表情なまま、生気のない顔のまま、彼女はたたずんでいました。 花を、見るまで。 汚い鉢の中で、一つ花が咲いたのです。 彼女の、友達の花でした。 彼女が、楽しみにしていた花でした。 それは彼女の吐しゃ物が咲かせた花だったのです。 彼女の吐しゃ物に含まれていた水が、水のない彼女に合った水が、種を芽吹かせ開花を促したのです。 水のいらない種は、水を与えられる事で、いつでも花を咲かせる事ができました。 彼女は、小さな花に水を与え、花を咲かせたのです。 初め、彼女は、勘定が顔に出ていませんでした。 次第に、涙が出てきました。 花は、慰めるように、安心させるように、咲かせてくれた事を感謝するように、何よりもう二度と気落ちと言う感情が彼女を襲わないように、鮮やかな花を咲かせました。 彼女の涙が、小さくきれいな花を咲かせ続けました。 |